July 1 1966, I went to Budokan in Tokyo to watch the Beatles concert. Here is an excerpt from my book, "Ocha Teacher" in Japanese.
5 34分
夕飯のあと、本牧の伯母に電話する。
「ビートルズ見に行くんだけど、金曜日、よっていい?」
「いいけど?」
「着替えなきゃならないの」
「ペートルスって、戦争のような騒ぎの?」
「そうそう」
「そりゃ大変だ」
「大変なのぉ」
「家にいるのが一番よ」
「でも行かないと、うんと後悔するから、死ぬまで」
「そりゃ大変だ」
「12時に国語のテスト終るから、そしたら飛んで行くけどいい?」
「はい、じゃ待ってます。京ちゃんも家にいるし」
電話を切って自分の部屋にもどり、日記をつける。
「空色の洋服は見つかった。上下の色を合わせるのに、伊勢崎町と元町
の商店街は全部見てまわった。だけど靴はかさばるからどうしよう」
いつも、つまらないことばかり書いてるなぁ、コンサートに行ったら、きっと面白いこと書けるだろうな。とにかく数学の勉強しなきゃ。
そして、とうとうコンサートの前夜がやってきた。また日記をつけている。
「明日はいよいよコンサート」筆をやすめてまた書く。「。」
ユニオンマーケットの紙袋を拡げて、空色のワイシャツに同じ色のタイトスカート、チョコレート色のナイロンストッキング、双眼鏡、折りたたみの赤い傘、教科書、ノート、筆箱を入れる。
次の日は、7月1日金曜日、12時に国語のテストは終わり、コンサートは日本武道館で午後2時に始まる。ビートルズが舞台に出るのは3時20分。学校から市電に跳び乗って伯母の家へ行き、玄関に舞い戻る。
「お寿司とるのに」
「どうしていつもお寿司って言うの、伯母さんの五目焼きそばの方がおいしい」
伯母はは靴ベラを差し出す。
「あらま、そうなの」
「ビートルズなんてどこがいいのかねぇ?まあ、気をつけて行ってらっしゃい」といとこの京子ちゃんが腕を組んで目をつむりつむり言う。
きっと、京子ちゃんは和裁とお花の稽古くらいにしか外出しないで、いつも雨雲色の服ばかり着ているので空色はまぶしいのかもしれない。ひとり娘は婿養子に来てもらってずーっと家にいることになるらしい。母は、日本は家制度といって、そういうのが普通だと、まるでその他は後ろ指をさされて暮らさなきゃならないように言っていた。
横浜駅のプラットフォームに着いて、電車の音、駅員のアナウンスが響いている。一風去って肩が羽根のように軽くなって行って、ビートルズの歌、「涙の乗車券」が頭の中で鳴っている。時刻表の表示がパタ、パタパタッとめくれて、少しすると、音がゴォーッと迫って来て、電車が止まって扉が開いた。
車外のアナウンスが流れている。
「足元にお気をつけ下さい、ホームと電車の間がはなれています。足元にお気をつけ下さい」
車内のアナウンスも流れる。
「お客様にお願い致します。台風のため傘の忘れ物が非常に多くなっています。傘を忘れないようお願い致します。忘れ物ないようご協力お願い致しまあぁす」
乗客は降りて行って、待っていた人が乗り込んで、私のコインシューズが入口に届いた。と同時に、車外のアナウンスがたてづづけに響く。
「足元にお気をつけ下さぁい」
「ご乗車しましたら奥の方に詰めるようにお願いします、扉が閉まります、扉が閉まります、手を挟まれないようにお下がり下さい、扉が閉まりまぁーす」
小学生にもどったような心地になって、窓際の席の方へなだれこむ。電車は動き出し、私は窓際に腰を下ろして、景色を眺め、アナウンスが止まるのを待つけれどぜんぜんとまらない。こういう時でも集中できる精神の強い人間になりたい。お坊さんはこうやって修行を積むのだろうと考えて、紙袋から数学の教科書を出した。
九段下の駅に着いて外にでると左の方にお茶会で使うような立て札がある。ビートルズ東京公演と毛筆で書いてあって矢印が左を向いている。腕時計の短い針は3をさしている。
あったかい雨上がりの空気の中、ガサゴソという袋の音をさせて、いちもくさんに走って行くと、清水が流れるような無数の線でおおわれている武道館の屋根が現れてきた。グラウンドは元旦のようにひっそりとしている。門から建物まで並んでいる柵の真ん中を、大股で飛ぶようにかけて行く。私だけ。建物の入口にちらりほらりと警官が立っていて、こちらを見ている。新聞で報道されている何千人という警官はどこにいるのだろう?砂利を踏みつける音が、ザクッザクッとして、キーンギコギコというスピーカーの音が響いた。
「尾藤イサオとブルーコメッツのステージを終わります」ギコギコ。
ひたいの汗が耳をつたって流れ落ちる。階段を上ってロビーに着くと案内係りの女性がかけ寄って来た。
「もうすぐ開演です」
とボレロを着たその人は言って、切符を見ながら会場の方へ進む。ハンカチでひたいをぬぐいながら後を追い、二階に上がっていってステージに向かって左側で、バルコニーの柵から三列目まで来てとまった。
「こちらです」
と彼女は言って手の平を上にする。。
空いている端の席に腰を下ろし、となりの女の子にふたことみこと話しかけると、ブザーが会場を包むように鳴った。膝こぞう同士を押しつける。
階下からぴっぴーっと笛が鳴り、ダッダッダッダッダッ、と雷雨のような音がする。靴底の音はふくらんでいって、警官は左となりの通路を二列になって下りて来た。ぴーっと笛が鳴り、私の横におでこがにきびのおまわりさんがすわる。
E.H.エリックはタキシードに蝶ネクタイで現れ挨拶をして、
「ウェルカムザビートルズ」
と叫んで招くように長い腕を上げて舞台の左に去った。ビートルズはまだ現れない。階下の観衆がどよめく。舞台の袖からなかが見えているんだろう、うらやましい。ポールが赤いシャツに白っぽいジャケットで現れて、ジョン、ジョージと続きリンゴはドラムの台にのぼる。首をのばして下を見ると観衆はおとなしく座っているように見える。ポールが左腕を動かし、ビィーン
と響いた。
Just let me hear some of that rock and roll music.
Any old way you choose it.
あったかいミートソーススパゲッティのように歌は私のお腹に浸透していって、頭は柱がじゃまになって見え隠れするポールを追う。となりの警官も首をかたむけて舞台を見ている。歌はシーズアウーマン
に飛んだ。
ビートルズを見に来たのだから、ハードデイズナイトの女の子のように始めから終わりまで叫びたい。でも、私のまわりでは皆黙って座っている。言葉にならないざわめきだけがして、下の方でもみんなまだ座っているように見える。叫ぶのにはまだ早いのかもしれない。友達と一緒だったら良かったのに。
六曲目が終わってざわめきが電気のコードを引っこ抜いたように消えた。
Yesterday, all my
troubles seemed so far away.
ポールはギターを低く持って歌う。またざわざわっとする。双眼鏡の中、ポールの眉と前髪は日の出のように半円をかいて、声は虹のようにのぼって行く。とうとうチャンスがやって来た。でもまわりの人はまだ始業式のように座っている。素晴らしい感動をした時は態度に表わすべきなのに。でも、この歌は静かだから静かにしていよう。
やっぱり叫ぶのはあきらめるべきかもしれない。
照明はビーチボーイズの時とは違ってまだ明るい。コンサートが始まって30分すぎてポールが最後の曲、アイムダウンを歌い始める。リンゴはバチを振って叩き、ジョンはギターを高くかかげて首を前に突き出す。ジョージが後ろから来てコーラスに加わった。ポールは飛び跳ねていないけれど飛び跳ねているようで、笑みが風船のようにマッシュルームヘアカットにぶつかってはじく。ジョンの髪はうしろになびき、ジョージの髪もあっちに揺れ、リンゴのはバチと一緒に動く。
ヘア、ヘア、ヘア、アイムダウン
鳥肌が立ってまた立って、ビートルズがいるここに私もいる。立ち上がって思いっきり叫びたい。だのに私はいったい何をしているんだろう。逃げる、ことしか考えていない。厳しい母を説き伏せて奇跡の切符を手に入れ、三時間ちかくもかけてビートルズを見に来たのに、人の目ばかりを気にしている。これで私は骨抜き人間だということが証明された。
I’m down. I’m
really down. Don’t you know that I’m
down?
I’m really down.
歌はもうすぐ終わる。後ろで誰かが立って叫んだような気がする。いや叫んだはず。両手をメガフォンのようにして立ちあがった。
「アイムダウン、アイムリアリーダウン」と叫ぶ。
「アイムダウン、アイムリアリーダウン」と屈筋をするようにまた叫ぶ。
すべての心配は、夕立にでくわした犬のようにブルッ、ブルルルッと飛び散って、ポールの喉はそり、声はヨーデルのように上りつめて行って天井をつんざきはねっかえる。
息がつまるような規則
子供扱いのひっきりなしのアナウンス
試験につぐ試験
家制度も
やぼったい制服も
稲妻のようにひるがえり舞って舞ってブラックホールへ吸い込まれて行く。
やった!
これで日記に書ける。
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